「塩たたきが表舞台に出たのは、ある県知事の一言から始まった。」
四万十市を代表する名物料理<塩たたき>発祥の名店「わかまつ」の大将である明神三幸さんを訪ねました。色彩豊かな食材を引き立てる器に並ぶ料理の品々は、食べてみると舌鼓を打つ料理ばかりです。家庭料理だった塩たたきが看板メニューになるきっかけとなったエピソードや、日本を代表するデザイナーである梅原真さんとのこだわりの店舗づくりまで、ざっくばらんにお聞きします。
▼オーナー兼料理人である明神三幸(みつゆき)さん。(72歳) 好きな女優は倍賞千恵子。
―わかまつを始めて何年が経ちましたか。
「26年目ですね。大学を中退して21歳から5年間は大阪の法善寺横丁で修行しました。大学を勝手にやめて勘当されちょったからね。一年間浪人して大学を辞めたら、そりゃ親は怒るわね。電話があって『お前の顔は二度と見たくない。家の敷居はまたぐな、金は送らん。』といきなり切られたから、これが俗にいう勘当よね。」
―わかまつをオープンするまでの経緯を教えて下さい。
「父方の仕事は畳屋で、母方の仕事は旅館をやりよった。帰ってきたのは親父が胃潰瘍で倒れてからやね。一年以上入院して母から言われて6年間の修行を5年で帰ってきた。それから20年近くは旅館と畳屋を守ってね、このお店が出来た時は畳屋はまだあって、最後の職人が退職した時に畳屋を閉めました。」
―すごく雰囲気のある店舗ですよね。
「このお店のデザイナーは梅原真さん。この壁も面白くてね、漆喰に色を入れちょうが。左官の職人さんが藁は井草を切って塗りよう最中にわしらが止めた。『はい、ここでやめましょう。』と。職人さんは仕上がってないと言って怒ったけど、2~3ヶ月後に来た時には『これでも良いね』って言うてくれたけどね。梅原さんはものすごい色々なアイディアを自分達にくれた、やっぱりプロやね。」
▼ずっと残していきたい日本の原風景が、この場所にある。
―料理へのこだわりを教えて頂けますか。
「和食の場合は、素材が8割やね。魚にしろ、野菜にしろ、肉にしろ、基本的な技術がないといかんし、守らないかん事もいっぱいある。出汁の取り方もそう、出汁を贅沢に取らないかん。水道水をろ過する業務用の機械を付けたりね。多少お金が必要でも、やるべき事はちゃんと守る。魚はその時期の一番いいものを多少高うても、買う。そういうのを損や得とか言うてる段階では、えい料理は出来んと思う。魚がないときもあるし、全部そういう風にいかんこともあるけどね。市場でセリが始まったら、いるものは絶対買う。商売は出来るけど、そんなに儲けは高くないと思うけど、原価率ばっかりの話になったら、つまらんろ。」
▼気持ち少なめのドレッシングに美味しさの秘訣、海鮮サラダ。
▼回らないお寿司が食べたい日には、上にぎり。
▼今宵はちょっと贅沢に、牛肉の陶板焼き。
―わかまつの一番人気である、塩たたきについて教えて下さい。
「塩たたきは自分ではずっと家庭料理やと思うちょったからね。普通にポン酢をアレンジしたタタキをやりよったわけよ。橋本大二郎さんが知事になったときに、数人の県知事を四万十川の河川敷に招いた会があった。板を何枚か持って行って塩タタキを作ったときに宮城県知事やった浅野さんが宮城にも美味しい戻りガツオがあるので、作り方を教えて欲しいと言ってくれた。どこ行ったら食べれるいう話になって、せいぶ印刷の大塚君もおって『わかまつが出来る時には塩たたきを看板メニューに出来んかね。』と提案してくれた。わかまつが出来る1年前の話。昔の塩たたきは、まな板へバーっと並べて、塩を振ってたたく。タタキを包丁でスっと皿の上へ乗せていくがやけど、形が崩れるわけよ。それで塩たたき専用の板を作った。県外のお客さんは”塩たたき、川エビ、あおさの天ぷら”というパターンから料理が始まるけん、すぐに分かる。」
▼塩たたき発祥のお店、わかまつの一番人気。
―わかまつの隠れた逸品は”煮物の盛り合わせ”だと思います。
「煮物を出すお店というのは意外に少ないがよ。煮物は食事の中ではね、凄いええがやけん。しょうゆ味、濃い酸味、それから油っこいものを食べる時に真ん中へちょっと薄味付けた煮物があると箸休めになる。煮物は時間が掛かるわりに注文がないと、すぐに捨てないかん。ただ、煮物があるとちょっと食卓が豊かになる。本当はメニューに無いほうが楽やけど、煮物はなるべく作るのもこだわり。煮物は素材を引き立てて、味を濃くしないのが大事。小芋もかぼちゃも甘さが違うけど、かぼちゃそのものが甘いけんね。やっぱし、材料を引き立てることやね。」
▼隠れた銘品、煮物の盛り合わせ。
―料理人として大切にしている事は何ですか。
「料理人はね、出来ないかん最低の能力がないといかん。研げてない包丁で刺身切っても美味しくないけんね。田舎で頑張っていこうと思うたら、基本的なことは全部こなしていくと。ほとんど毎日、出汁をとりようけんね。昨日は白出汁とって、今日はガラとスマと鰹節を粗く削ったがと、ガラとコブを入れて2時間くらい、スープ取ってそれにカツオで鍋出汁を作るわけ。その仕事で2時間半くらいかかる。最近は市販の鍋スープでみんな食べるみたいやけど、それには勝らんといかんわけよ。それに負けたら僕らの商売はアウトやけん。見た目がふつうでも、食べてみたら『あ、違う。』と言うのがないとね。」
―これからの“わかまつ”について教えて下さい。
「うちも世代交代をせないかん。残念なことに誰も料理人になってないんでね。職人仕事やから、誰でもえいという訳じゃない。今おる連中は僕のハタチ下の子達やけん、10年は大丈夫やと思うけど、これからの課題は人材育成やね。この仕事は単純作業をずっと続けないといかん。例えば、ネギを切るだけでも手は傷だらけになる。でも、カッターでネギを切ってもひとつも美味しくない。切れる包丁でネギを切るとスパッと入るわけよ。カッターはすぐに切り口が潰れて、ネギを洗うてシュッと絞ったときに水を吸うて潰れる。断面がキレイにシャッと切ったら傷がいかない。プロとして最低の事は出来る、そういう人間が育つかどうかの話やね。」
―最終的にはやっぱり、人なんですね。
「特に田舎の場合はね。うちもすごい大事にせないかんと思う。商売でも社会的な話でも人間関係やけん、自分のパートナーを大事にしないとね。うちの連中は大阪や京都へ修行に行って、20代後半に戻って来てから20年以上は一緒に仕事しようけん。これからはどれだけ人材を確保するか勝負どころやね。料理の基本は手仕事で機械で何かするわけやないから、難しいこともある。何が悩みか言うたら、自分の思うような後継者が出来てくるかという事。うちらは技術力の高い人間じゃないがやけど、人並み以上の事はできる。そういう人材が揃うかどうかやね。一人じゃいかんけん、まあそん時はもう、おらんかもしれんけど(笑)」
厨房わかまつ
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※この記事は2022年1月発刊予定の「はたも~らVol.63」にも掲載予定です、是非ご覧ください。